千数百年もの間、脈々と受け継がれてきた飛騨の匠の技と魂、そのルーツを探ります。
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“かにかくに 物は思わず 飛騨びとの 打つ墨縄の ただ一道に”
(万葉集巻十一・二六四八番歌 作者未詳)

奈良時代末頃の成立とされる現存最古の和歌集である万葉集に詠まれているこの歌は、都で活躍している飛騨の匠たちの打つ墨縄による直線は、人の手によるものとは思われないほど正確無比で、その匠たちの真摯で高度な技術の証を示すものである。歌は「あれやこれやと浮気はしない、飛騨びとの打つ墨縄が一直線であるように・・・ただ一筋の道を行くのだ」という恋歌である。この和歌は、飛鳥や奈良の地でひたむきに宮殿の造営にその腕を奮った飛騨の匠たちの姿を彷彿させてくれる。

平安宮の国家的な餐宴の施設である豊楽院は飛騨の匠の造営と伝わるが、平安後期の説話集である今昔物語巻24には、工匠の名人と言われた飛騨の匠と、絵師の名手である百済川成との腕自慢をする話が登場する。また、延喜元年(1074)完成の勅撰国史書である三大実録には、平安宮大極殿再建に際し飛騨の匠60人が賜餐され、その完成時には飛騨の匠20人ほどが祝宴を賜ったとある。世界最古の木造建築法隆寺金堂の本尊である釈迦三尊像の光背には、推古天皇31年止利仏師作との銘記があるが、その止利仏師の生誕地伝承が飛騨の河合に永く語り継がれているなど、古代の飛騨の匠にまつわる話が内外を問わず今に幾つか残る。あの日光東照宮の眠り猫彫刻で有名な左甚五郎も、飛騨の甚五郎の転訛説が根強く、飛騨高山出身の名工として地元は勿論のこと、古典落語や講談の世界などでもお馴染みである。

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